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ピエール瀧はどんぐりおじさん

vol.102 テクノロジーと錯覚

「WE!」2012年1月号掲載



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この原稿を書いているたった今、テレビでは衆議院議員選挙の開票速報の真っ最中です。
自民党が大量に議席を獲得し、対して議席を大幅に失った民主党の議員達(元含む)は、死んだ飼い猫を見つめるようななんとも言えない味のある表情をカメラに抜かれていて笑います。
さて、この選挙速報の番組でも各局採用しているのがTwitterでの民衆のつぶやきをテロップで公開する事。オイラこれが嫌いです。というかホントに必要ありますかね、このシステム?
確かに、浮かれムードの当選者の背景に「結局どいつがなっても変わらねーよ」だとか「ここからが大事なんだよ!ヘラヘラしてんじゃねー!」みたいなツッコミが入ると痛快で面白い時もあるのですが、冷静に考えてみるとこれらの画面に表示されているツイートの数々には番組担当者によるフィルター(検閲)がかかっているのです。
おそらくTwitter担当の若いヤツが、本当にヤバめのツイートやほぼ愉快犯のブッ飛んだツイートは公序良俗にふさわしくないとカットしているハズ。その理屈はわからなくもないのですが、これはもっと突っ込んでみると、番組に都合のいいように民衆の発言をコントロールできるという危険性をはらんでいます。
本当に生の声が聞きたければ(見たければ)、民衆は番組のハッシュタグを開いて、手元の端末でフィルタリングのかかっていない発言の数々を見られるハズ。そこにはもっと剥き出しの言葉や、センスの良い悪口等が羅列されているハズです。
誰もが自由に(もちろん己の発言に責任を持つ事は言わずもがな)思った事を公開できるのが、こういったテクノロジーの良い所だと思うのですが、そこに“ある意思”によるフィルターがかかってしまうのはいががなモノかと感じてしまうのです。
このTwitterテロップの違和感は、コンテスト形式のお笑い番組の時にも良く感じます。「サイコー!がんばれ!」とか「しょっぱなから超面白い!」みたいな“ある角度”からの発言ばかりが並んでいると、なんだか気恥ずかしい気分にもなります。
とは言いつつも、逆に自分が番組を運営する側に立って考えてみると、やはりこういった民衆の意見はコントロールせざるを得ないのは火を見るより明らかです。
「若旦那全然しゃべんねー!」みたいなのならまだしも、「お腹すいたー。国会爆破!」だとか「今から丸の内線で切腹してきまーす!」なんて書き込まれたらクビが飛ぶのは確実ですからね。
このように、発言を公開するならフィルタリング必須で中途半端。バカ正直に全て公開すれば確実に誰かの首が飛ぶ。
ほらね、やっぱりいらない演出だと思いませんか?